Happy-Go-Lucky2

犬や猫などのペット話、 日常のヨタ話を気ままに綴っています。

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1月17日に想いをはせ・・

明日 1月17日で 阪神大震災が起こってから丸13年、そして14年目に入ります。



今日も、13年前の明日へ思いをはせながら 職場では昨年の今日と同じような会話が 皆の間で
かわされました。 ある人は震源地に近いマンション9階に住んでいたため 誰もケガはしなかった
ものの恐ろしい揺れを体験し、家財は壊れガラスは飛び散り 家の中で靴を履いていたことを言い、
また別の人もマンションの6階に住んでいたため 水道が止まっていた2ヶ月間、給水車へお水を
もらいに行くのに大変苦労したこと(しかも最初は電気も止まっていたため階段を何リットルもの
水入りのポリタンクを持って何度も何度も昇り降りしていた)を言い、上司は マンションに住んで
いたがたいした被害はなく、当時勤めていた会社が気になり車を走らせていた陸橋の上から長田
方面が真っ赤に燃え盛るのを見て ただごとではないと背筋が寒くなったことを言い・・

そして 最初の1週間くらいは情報も少なく、寒い寒い中 親戚や友人や同僚の安否を思いながら
家族や隣近所の人たちと 肩を寄せ合って過ごしたことなと それぞれの13年前へと一瞬にして
引き戻され とめどなく話しがつきなかった。

ウチも地震が起きてから3日くらいは 今 リュウタが寝ているソファーをどけて1階のリビングに
こたつを置いて家族5人全員でひっついて寝てたっけ・・  リュウタもまだ1歳とちょっとで 一緒に
こたつに入っては自分の体に誰かの足があたるとガウーって唸ってたな~。(笑)
スーパーにも並んだ。 
物資が不足してたから 整理券をもらって食パンも一家族 一袋しか買えなかった。

そうそう、13年前 震災のときはものすごく寒かった。 最近の冬の比ではなかったね~
寒いと言ってもやっぱり ここ数年は暖冬で地球の温暖化はすすんでるのかな~なんて最後はそんな
話題になったのだが それは、全員ラッキーなことに職場のみんな誰しも 家族や友人など近しい人を
地震の被害で亡くしていないからなのかもしれない。

あれ以降、地震や台風などで被害のあった地域のことを『被災地』と呼ぶようになった。
この13年間の間 同じように自然災害で被害を受けた場所に住む人々のことがニュースで報道される
たび 当時を思い出して同情し募金や救援物資の寄付をするようになった人も多いと聞く。

毎年毎年 私は、この時期にかならず 震災の話を書くようにしている。
このような災害に見舞われた土地は神戸だけではもちろんないのだが たくさんの人が亡くなった。 
約6500人の人が亡くなった。水が出ずに消火活動が はかどらなかったため広がった火災と生き埋め
になって遺体さえ見つからなかった人、震災の心労やショックで急死してしまった人、その後の孤独死
などを入れると 亡くなった人の数はもっともっと増えるに違いない。

天災は忘れた頃にやってくる・・なんて昔から言うけれど 本当にそう。
防災リュックこそ用意はしていないが ラジオ・乾電池・充電した携帯・懐中電灯は必ずベッド脇
今でも置いて寝ているし ペットボトルのお水も家族分は常備している。
ピーナッツ・缶のドロップ・乾パン・缶詰類も なぜか当たり前のように買い置きしてしまう。
そんなの用心したって 自然災害は防ぎようがないし 死ぬときは死ぬに決まってるって思う人もいる
かもしれないが 13年前と今は違うと思う。
震災以来 住宅会社の売るマンションも建売住宅も耐震・耐火の性能がよくなっているので何かあった
ときのダメージも絶対に違うはず。 引越しをするなら近くに大きな公園や学校がある場所を選べば、
これも何かあったときにすぐ避難ができる。 
第一 阪神大震災は(語弊があるかもしれないが)人災だとも言われている。
その証拠に あれ以降の災害に国が動くのも 報道も早い。
新潟の地震の時は 自衛隊の派遣がものすごく早かった。 神戸では遅かった・・。
震災での教訓が生かされて 被害が少なくおさえられたのかもしれないとも思う。

明日はテレビのニュースでも多少はとりあげられるだろうけど 13年もたつと主に関西ローカルが
多く 全国ネットだと時間は少ないかも・・ でも、テレビで少しでも見かけた方は 忘れないで。 
いつ自分たちにも起こりうるかも知れない災害。 
子供のときから学生時代・・青春を過ごした街が一瞬にして消えてしまうこともあるのです。 
何年もたって復興し、最先端のファッション商業ビル・高層マンションが立ち並んでいるけれど昔の面影は
もうないし今となっては、自分自身も地震前の景色さえ 忘れてしまっている。 忘れたくないのに。

いつ愛する街が消え、大切な家族や友人を失うか。 
自分自身の命を守るための教訓にするため 1月17日を忘れないで欲しいのです。
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コメント

G3さんへ

G3さんはいつも 優しいね~☆ 
なんて嬉しいこと言うてくれるんでしょ♪
そんな災害なんて 起こらないことを願いますよね。
ってゆーか 私のほうがリュウタと離れられないのよねん。
たとえ 優しいG3さんのもとで預かってもらえるってなっても
心配で心配で 頭変になるかもよ。(笑)

そうそう、 やっぱりペットも家族やからね~
いざというときのお水とかフードは用意してあげなくちゃね。
でもG3さんとこ 雪ちゃんいっぱい食べるしあと2人も娘がいるから
この子たちの分だけで すごい量になるんじゃ・・
自分のが 持ち出せなかったりしてね。ワハハ。

 いや~、あれから14年ですか~。「マリと・・・」を見たせいか、まるで去年のことのような・・・・。
 私もあれ以来防犯グッズとか通販で買いました~。今でもチョコチョコ缶詰入りのカンパンとか、ペットボトル入りの水、チョコチョコ買い置きしてるんですよ。雪用にも一月分はドッグフード余分に買ってます。(いや、ずっと置きっぱなしじゃなくて、賞味期限睨みながら使い切ってますが)
 もし、こっちで大地震が起きるようなことがあったら、家の雪、予知してくんないかしら?
 greendog様、もしものことがあって、避難場所に困ったら、私に連絡しなよ(携帯からブログにかきこめばいいじゃんか)リュウタ君、家で預かるよ。家は大所帯だからね。もうこうなったら4人も五人も同じだよ。

りぼんねこさんへ

名古屋も そんなに揺れたのですか~ (震度4)
テレビでは最初のほう、あんまり状況がわからなかったので
報道されてから ああ、こんなだったのかって思ったでしょ。
震災発生から 数週間後 仕事で特に被害の大きかった場所へ
行くことがあったのですが、それはもう・・ テレビや映画で
みた戦時中、爆撃されたすぐ後のようでした。
あたり一面 真っ黒で瓦礫の山。  目を疑う、とはこーゆーことかと
そのときはじめて思いました。 そして それを思い起こして毎年
この時期には震災関連の記事を書くのですが 読んでくださって
当時を思い出して 色々と備えてくださればなお嬉しいです!

ウチもリュウタの非常用のものを置いてるんだけど 万が一
避難所へ入るようなことになったら フレンドリーじゃない
リュウタはどうなるのかしら・・ 傾いて壊れかけでも 私だけ
リュウタと家に残って 暮すんだろうな~。

シュナままさんへ

あのすんごい恐ろしい揺れは経験せんとわからんやろうね!
そりゃ~ マンションなら 怖かったでしょ~
私もベッドが天井にぶつかるかと思ったくらい上下に大きく
揺れて 死ぬかと思ったよ。 今まで生きてきて あんなに
怖かったのはじめてやったもん。 でもさ たまたま神戸で
あっても ラッキーな場所に住んでいたから 直後からそう
苦労もせんかったし 生かしてもらえて 感謝せねいかんねー 
こうやって 毎年 震災の話をして昔のことを思い出したり
他府県の人にも 防災意識を高めてもらうよう日記に書いたりして
あのときのように たくさんの尊い命が少しでも失われない
ようにしたいって思うよね。

あんとき シュナちゃんらまだいなかってんよね~!なんか変な感じ~
ウチは1歳半くらいやったんかな。 リュウタのフードがきれてね~
仕方なく いつものじゃなくってビタ○ンってゆー 昔からある
イマイチなフードを○イエーで買ったの覚えてるわぁ。

さゆりさんへ

どうしても この時期になると何かしなければって気持ちになってしまうんですよねー
何かって、何もできないんですけれど・・こうやって少しブログで話題にするだけ
で 13年前の災害について思い出してくださる人がいればいいなと思って。 

コメントしてくださってありがとうございます。 
地震で揺れる恐怖も水やガス・電気、暮らしていく上で最も重要なライフラインが 
途切れ、寒くて不安な日々を過ごした人はとても多かったと思うし、それ以上に
近しい人を亡くしてしまった人は何十年たっても 忘れることはできませんもの。

あんな大きな災害が起こって たくさの人が傷つき亡くなるのを見るのは
もう 絶対に嫌です。 かわいい、かわいいペットたちも同じですよね~ 
以前 ブログに書きましたが 神戸の北の管理センターで処分が少ないのも
震災時に迷子になったりした子が飼い主さんと会うことがほんの数日では無理だから、
とか家がつぶれて避難所暮らしの方が泣く泣く、ペットを里子に出さなければ
いけない・・等の理由でたくさんの子を預かっており獣医さんたちも
ボランティアで病気を診てくれたりするようになったんですよね~ 
これはこれで 震災のために良い傾向になるきっかけともなり、怪我の功名
とでも言うんでしょうか。

防災グッズや食料を置いていたからって どうなるもんでもないんですけど 
備えないよりはいいかと思います。

そして 自分の周り、当たり前の生活が災害によって急変してしまう
こともあり増すものね~ どこの土地にいても同じだと思うし。
人がいっぱい死ぬのは嫌ですね。 多少の備えで そーゆー不安
は軽減するのではないかと思うんですよねぇ。

<この記事を読みながら彼チャンとその日のことを思い出しました。
朝まだ、寝ている時だったね。
こちらも震度4だったから、ドーンと突き上げるような音と揺れがあって
目が覚めました。
今の何処だろう?凄い大きいのがどこかであったんじゃない?って彼チャンと
会話したのを覚えています。
昨日は、大阪にいたのですが、御堂筋線の中で繰り返し、
「今日は13年前に阪神大震災が起こった日です」と放送されていました。
天災は忘れた頃に~って言いますが
忘れないよう教訓にすることが大切ですね。
私も、ドッグフードと水は車庫に買い置きしてあります。
ベッドの枕元にはスリッパは必ず。
次は東海大地震が来ると言われているので他人事ではありません。

うちはマンションだったから死ぬかと思ったわ。
でも幸いな事に電気は止まったけど後は大丈夫だった。
だから長田とかどうなってるのか2日ほど判らなかったのよ。
後でTV見てびっくり。改めてすごさを実感した。
私は寝る時パジャマでなくトレーナーとGぱんで寝るようになった。
着替えてる暇なんてないし、寒くて風邪引いたら終わりだし
からリュック1つ枕元に置いて。シュナをつめてフーを抱いてすぐ飛び出せるように。
でも防災グッズは用意してないな^^;
シュナたちの食料が先かもね。
出来る事なら、もう誰も経験して欲しくないね。

私もgreendogさんがきっと震災について書かれてるだろうと思って来ました。
1月17日にこの辺りにいた人にとって
この日は忘れられない日ですね…
普段関東に住んでてたまたま神戸の方に行ってた友人も、あの恐怖は忘れられないと言ってました。
同じ国内に住んでるのに、ただ数百キロ離れてるだけなのに
食料不足や寒さに震えてる人たちがいたことが信じられません。
天災ばかりは避けられませんが
それでも最小限に食い止められるよう
災害グッズを用意するなどして
自分たちでも身を守るようにしなければなりませんね。

Tenryuさんへ

しんきくさい話題にコメントくださってありがとうございます。
震災のときは辛かったとか こんなひどい目にあったとか、そういうことをアピール
したいわけじゃないんですけど神戸に住んでいる以上 この時期には必ず、
いえ死ぬまで忘れることはないし 年に1回でも 話題にして誰かの
目にとまって 『備えあれば憂いなし』じゃないですけど多少 防災について
備えたり考えて欲しいなぁとおもって・・

まぁ、ホントに色々 用意していても自然災害ですから助かるかどうかなんて
わかりませんけどね。 何もしないよりマシやろうとは思います。 
でもこればっかりは怖い経験をしていなければ あまり現実味が
なく なかなかわからないかも知れませんね。

この日に遠く離れていても Tenryuさんのように思ってくださるだけで
亡くなった人たちの供養にもなると思います。 ありがとうね。 
淡路島には野島断層が保存されてますよ♪

春に四国へ行くの? パパさんと? それとも家族で行くのかな~
また楽しい話とステキな写真楽しみにしてますね~☆
讃岐うどんも食べてきてねん。おいしいよー

★ ☆ありがとう☆

greendogさんの話が聞きたくてここに来ました。

平穏に暮らせることに感謝し少し余裕の出来た今、窮地にいる人のことを想い行動したいです。

3月に四国に行く予定です。神戸から淡路ルートで入ると思うけど、そこには地震前の面影はないのですね。

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